高尾の伝説と民話


  

天狗伝説


 高尾山薬王院飯縄権現堂前には、右側に鼻の高い大天狗、そして左側には烏の嘴を持った烏天狗の小天狗の像が立っています。そう、ここ高尾山は天狗の住む 山なのです。

 高尾山には数々の天狗のお話が残っています。
まずは高尾山の天狗のお話に入る前に、そもそも天狗とはなんでしょうか。 日本で語られる「天狗」についてちょっとお話してみましょうか。






天狗とは

天狗と鬼


 天狗と鬼について考えてみましょう。
鬼は、仏教にあっては、まず悪役、敵役が圧倒的に多いのですが、実はあの鬼の姿をさかのぼるとなんとインドにまで到達するそうです。
言ってみれば、鬼は、世界中の妖怪の花形スターなのかも知れませんね。



天狗と自然現象


 ところで「天狗」はどうでしょうか。
 天狗という言葉そのものは、日本独自のものではなく、源流をさかのぼるとこれまた「インド」に行き着くそうです。
天狗という言葉は、インドの仏典では「流星」をさす言葉として用いられており、それが中国語に訳されたとき「天狗」の字が当てられたといいます。しかし中国では、各種の書物に天狗の表現があるものの地上に災難を及ぼす自然の恐れとして捉えられており、日本のように天狗は、人のような姿で語られることはありませんでした。

 日本書紀の舒明天皇の9年に大きな星が東から西に流れ、雷に似た音がしたのを僧旻が「あれは流星ではなく天狗だ」と言ったという記録が残っており、これが天狗が文献に初めてでてきたものであるとされます。この舒明天皇9年という時期は大化の改新前夜で旱魃があり日食がありと、色々な異変が起きている時で、そういった怪異のひとつとして天狗が登場しています。
 まだこの頃は、天狗は自然現象そのものとして捉えられていたことがうかがいしれます。



天狗と神



天狗は、ここ高尾山に限らず、古来より多くの天狗伝説や天狗信仰をもたらし、神格化されてきました。天狗には諸説ありますが、そのひとつに、日本書記のなかのサルタヒコ神という説があります。
サルタヒコ神は、一般に道の神・道祖神と考えられています。また、後に修験道が盛んになりますと天狗の神様ともみなされるようになりました。
ちなみに「サルタヒコ神」の特徴は、赤ら顔に長い鼻修験山伏の服装をしており、鼻の長さ七握、背の高さ七尺、また口の端が光り、目は鏡のように照っていることは赤いホオズキに似ている。とありますので、皆さんがイメージする天狗に本当に近いのではないでしょうか。



天狗と仏教


 また、一説には、仏教上に現れる嘴を持ち、翼によって自由自在に空を飛びまわり、衆生の救済を行う「カルラ天」が日本の風土に合った形に変形され天狗として語り継がれたという説もあります。

 さてこの天狗、赤い顔に長い鼻を持ち、背中には烏の羽が付いているものの、体型は人と変わらず、山伏の格好をしている場合が多いようです。

 怪力で空を飛んだり、雷を落としたり、人を金縛りにさせるなどの数々の神通力を持つだけでなく、天狗のつぶてを巻き起こす団扇や、姿を隠す蓑など霊力の篭った道具も持っています。昔話では、高僧にやられてしまう悪役として登場することが多いようです。

 また、これらの悪のイメージとはまったく逆に、古くから祀られた森や山の精霊としての天狗があります。この場合の天狗は人々に対して悪さを働くことはなくて、人気のない山中を行く旅人たちを守る存在とされています。いずれもそれは山を畏敬の念で見た人々のもたらした幻影であるとするのは簡単なことですが もともと山は、神社という形ができるまでは、古代の人々にとって神、ご神体そのものだったのです。





山岳信仰との融合



 やがて、そうした聖なる山に分け入って、山の神々と触れ合うという修験道が起こってくるわけです。ちなみに、九州地方では山伏のことをヒコサン(修験の山である豊前の彦山)ともテングとも呼ぶ習わしがあり、両者は同一のものだとされているそうです。
天狗が山伏の姿をした話もあれば、山伏が死後天狗になったという話もあります。                                   
 もともと天狗は日本古来の山岳信仰と台密両教(天台・真言密教両宗)に関係があり厳しい山での修行をきわめ、抜群の呪力・霊力を得た実在の人物が、山に対する神秘感と畏怖感から、里人によって天狗として祀りあげたものとする説もあります。つまり、修験道者(山伏)が深山幽谷に籠って難行苦行を重ね、やがてお山の霊気と融合して超能力的な神通の力を体得してお山の大聖者となり、遂に天狗の名のもとに神として祀られたのだと解釈するわけです。 
                   
 厳しい山での修行を極め、抜群の呪力・霊力を得た者が、山に対する神秘感と畏怖感から、里人によって天狗として祀りあげられたとする説もあります。そして彼らはまた、里に病の者があれば祈祷をしたり薬を作ったりしてくれる存在であり、神に近い存在であったとも言えるでしょう。結果、山中に出没する天狗というものにその山伏たちの姿がだぶった行ったのではないでしょうか。

 ところで、今でこそ、長い鼻に山伏姿が定着していますが、この姿になったのは室町時代頃で、それ以前は鳶のような姿で伸ばした羽の長さは1.8m。その顔には嘴があるものの両目は正面についており人のようである。とありますから、カラス天狗の姿の方がより原形に近いといえます。



日本各地の天狗たち


 天狗でも大物になると権現や仏菩薩として、その山の護法天狗として祭祀される場合が多いようです。讃岐白峯山の相模坊天狗は、今に相模坊大権現として祀られ多くの信者をあつめているし、遠州秋葉山の三尺坊は、火防神として祀られ、広く庶民に親しまれているのは、そのよい例ですね。                    
 ところで、日本には八大天狗というのがおりまして、愛宕山太郎坊、比良山次郎坊、飯綱三郎、鞍馬山僧正坊、大山伯坊、彦山豊前坊、大峰山前鬼坊、白峰相模坊であり、これに別格の法起坊を加えたのが、古来からの天狗です。なお法起坊は役の行者の天狗名といわれています。  

愛宕山太郎坊
京都の愛宕山に住み、いざなぎの神を祀る愛宕神社を守護する。多くの眷属を抱え日本一の大天狗と恐れられる。3000年前に仏の命によりこの任についたとされる。八木透編『京都愛宕山と火伏せの祈り』によれば、治承元(1177)年に起きた京都の半分を焼き尽くす火事が、愛宕の天狗によるものだと恐れられたという。

比良山次郎坊
元々は愛宕山太郎坊と並び称される比叡山の大天狗であったが比叡山が霊力の優れた伝教大師(最澄)ら延暦寺法力の強い僧たちに占領されてしまったため、比良山に移ったもの。

飯綱三郎
長野県飯綱山に住む天狗。「飯綱の法」の行者たちがこの天狗の本拠地で修行を積んだ。庶民に親しまれる天狗として信者に富を与え、病を除き、長寿を全うさせ、火難・盗難を除き、強敵を幸福させるなど、数多くの霊験を施したという。
かつて、日本全土を襲った凶作の折りには、「天狗の麦飯」と呼ばれる飯綱山頂に無限にある砂を日本全国を飛びまわって配り、多くの庶民の命を救ったといわれる。


鞍馬山僧正坊
天狗の中でも強大な力を持った大天狗で、護法魔王尊とも言い、通称は鞍馬天狗。また、ここから転じて、勧善懲悪、弱きを助け強きを挫く、青年客気の正義感のことを比喩的に「鞍馬天狗」ともいう。
六百五十万年前、金星より降り立ち、鞍馬山に鎮座した。牛若丸で有名な天狗ですが、和気清麻呂の子孫で真如上人の弟壱演僧正ではないかとされる。


大山伯耆坊
元々は伯耆大山(ほうきだいせん)の天狗であったが、相模大山の相模坊が四国の白峯に行ってしまった為、その後任として移って来た。
富士講の人たちに信仰されたという。


彦山豊前坊
九州の英彦山(ひこさん)に住む天狗。
天津日子忍骨命が天下ったもので役行者がこの山で修行した時それを祝福して出現したとされている。


大峯前鬼坊
役行者に従って夫婦の後鬼とともに山を歩き回り、その身の回りの警護その他を務めた。


白峯相模坊
崇徳上皇が讃岐の国で憤死した時、その怨みをなぐさめる為に相模大山から白峯に移って来た天狗。


                                                            

 この山の妖怪が、仏教が広まる過程で、僧や人々の敵として描かれていくと共に、今の形が定着していくわけです。時代が下がるにつれ話が誇張され天狗の通力は強くなっていくのは、その天狗をも倒す僧の活躍を引き立てるためでしょうか。



天狗の物語への登場


 天狗の話が登場するのは「源氏物語」が古く、その後、今昔物語や義経記などにも数多く登場してきます。

 多くは、神仏の持つ教えや慈悲、救済心とはやや異なった威力超能力を自由自在に使いこなす超人的な存在、伝説として伝えられてきています。 
ここ高尾山でも、天狗は御本尊の飯縄大権現の随身として、招福万来、除災開運や衆生救済のご利益をもたらす重要な役割を持って語り継がれており、参道には天狗のたこ杉や腰掛け杉など数多くの伝説があります。
                 
 また、古来から、山中の不思議な現象は天狗の仕業とされてきました。
天狗は、高僧に退治される悪役として昔話に登場することも多いようですが、逆に、古くから祀られた山の精霊として、森の守護神として登場することもあります。

だれもいないはずの山中で大勢の人のさざめく声がしたり、大木の倒れる音のするほうに行ってみると、そこは何事もなかったかのように静まり返っていたというような話や、どこからもとなく石が飛んでくるという話は、民話の世界でもおなじみですね。また神隠しといわれるものも天狗の仕業であるとされました。

 天狗倒し(てんぐたおし)というのは、とつぜん、はげしい風が吹いたかのようなものすごい音がすることで、これは天狗(てんぐ)が地に落ちるからだといわれています。天狗倒しは、他のところでも起こるらしいのですが、特に英彦山は有名になっています。

 天狗の話は全国にありますが、中でも美濃の国は天狗話が大好きだそうで、美濃の天狗が格が一番上の太郎坊、高尾の天狗は末弟子の十郎坊(カラス天狗)とされているとか。数々のお話に出てくる天狗たちもどちらかというと怖さよりもなんだか微笑ましい、ちょっと人間臭い天狗たちが多く親近感が持てますね。

 ちょっと前置きが長くなってしまいましたかね。
お待たせしました。それではその愛すべき天狗さんたちの高尾にまつわるお話を紹介しましょう。王院の春の大祭は、その天候が予測(予言?)できるということです。

    天狗伝説にひとっ飛び



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