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コンセプト甲府五山

 甲府は武田信玄公一族のふるさとです。広い盆地には信玄公ゆかりの由緒ある神社仏閣が数多くあり、一族の栄華の夢の跡を今に伝え後世に残すところです。
 風林火山の軍機を翻し、戦国最強の騎馬軍を率いた武田信玄。武人であり、上杉謙信との死闘を繰り返しながら、一方で優れた統治者でもあった信玄の足跡をたどる旅。
 武田信玄と武田氏に焦点を当てて、ゆかりの地を訪ねていきます。

武田氏の栄枯盛衰
武田の館・城を訪ねて
信玄公ゆかりの地を訪ねて
甲府五山
風林火山と武田二十四将



 五山というのは、禅宗(臨済宗)の「五山の制度」に基づいて、最高の格式を持った 代表的な寺院であると認められた五つの寺院に対する格付けの名前で、室町時代に 中国からこの制度が伝えられたということです。

 日本では、鎌倉や京都で、幾たびか変遷を経て、五山が決められていきましたが、 いずれも室町幕府の保護の色彩の濃い寺院が選ばれたといいます。
 禅宗(臨済宗)の保護を計りながら、同時に、幕府による寺院の統制組織を 築き上げることも大きな目的であったと思われます。
 そして五山の中でも、一位から五位までの格付けが行われていました。

 臨済宗に帰依し信仰心の篤かった武田信玄は、京五山、鎌倉五山に倣って、 甲州に五山を定めようとしました。甲州の古刹五寺を城下に移し、何れも 妙心寺派に改め、それぞれに土地を寄付し、これらの寺を「御城附御祈願所五山」 と呼びました。

 現在は「甲府五山」と呼ばれており(「府中五山」という 呼び方もあったようです)、長禅寺、能成寺、東光寺、法泉寺、円光院の 五寺からなり、何れも武田氏親族の菩提寺になっています。

長禅寺
甲府市愛宕町208
能成寺
甲府市東光寺2153
東光寺
甲府市東光寺3-7-37
円光院
甲府市岩窪町500-1
法泉寺
甲府市和田町2595

長禅寺

 甲府五山の筆頭にあげられる名刹。信玄の母・大井夫人の菩提寺です。

 大井夫人は、信玄公の父、信虎のもとに政略結婚の要素をもって嫁ぎ、信玄公の他にも信繁、信廉を産みました。

 信虎追放の時も甲斐国山梨に留まり、信玄公に助言を与えていたと言われます。
 
 大井夫人の死後、巨摩郡鮎沢村(現・南アルプス市)にある古長禅寺に埋葬されましたが、信玄公が提唱した甲府五山制度の時に甲府に移されました。そのお寺がこちらのお寺です。

 岐秀元伯禅師は信玄の幼少期からの師で、信玄の人間形成に大きな影響を与えたといわれています。
 信玄は出家得度の大導師に岐秀を仰ぎ「機山信玄」の号を与えられたといいます。

 寺には信玄の弟・逍遥軒信綱が母を追慕して描いた大井夫人画像が重要文化財に指定されています。

 まず総門の大きさに圧倒されます。五山の筆頭寺だけあって境内は広く左右に五重塔と三重塔が配置され、左奥の墓所の更に奥に多い夫人の墓石はあります。

  • アクセス:甲府駅南口から徒歩15分
  • 所在地:甲府市愛宕町208



能成寺

能成寺

 信玄公の父・信虎の曽祖父である武田信守の菩提寺です。小高い丘の中腹にあり、狭い境内に残っているのは本堂と墓地。

 そして石垣。門前に茶店がなければ通り過ぎそうな小さな寺院です。

 貞和年間(1345年〜49年)武田信守が開基となって建立した臨済宗の寺です。もともと八代郡(現:笛吹市)にあったのを信玄の時代に府中に移し、甲府五山の一つに加えました。かつて境内には「宿竜池」の石碑があり、池には島があって竺英和尚の手植とされる大きな松がそびえていました。

芭蕉の「名月や池をめぐりて夜もすがら」の句碑もあり、赤穂藩の家老・大野九郎兵衛の墓などがあります。

  • アクセス:JR身延線金手駅から徒歩10分/甲府駅南口からバス10分・市立図書館入口下車、徒歩10分
  • 所在地:甲府市東光寺2153
  • 電話:055-233-9396

東光寺

東光寺

  東光寺は、1121年(保安2年)、新羅三郎義光が諸堂を建立し興国院と称したのを始まりと伝えられています。 

 1262年(弘長2年)、鎌倉建長寺開山の蘭渓道隆(らんけいどうりゅう)がて密教から禅宗寺院(臨済宗)に改められた寺です。
 1320年代になると、北条高時から五山十刹に次ぐ諸山の寺格を与えられ、寺号も東光寺と改められている。

 戦国期には武田信玄の保護受けて再興され、このころには建長寺派から妙心寺派の寺院となって栄えたが、1582年(天正10年)、織田信長による武田征伐(甲州征伐)で武田氏が滅亡すると焼き討ちに遭い焼失しました。 

 江戸時代になると徳川氏によって寺領を安堵されています。

 当寺には、諏訪頼重、武田義信の墓所などがあります。諏訪頼重は、名門・諏訪家の当主で、信玄公の諏訪侵攻の時、捕らえられ、東光寺に幽閉され、切腹しました。長男・義信は父・信玄と対立したといわれ、東光寺に幽閉され、自害しています。

 そのほか、境内には、蘭渓道隆が築いたといわれる見事な庭園(県文化財)、室町時代に建てられたという、国の重要文化財に指定されている仏殿(薬師堂)などがあります。

  • アクセス:JR身延線善光寺駅から徒歩10分/甲府駅南口からバス15分・善光寺入口下車、徒歩10分
  • 所在地:甲府市東光寺3-7-37
  • 電話:055-233-9070

円光院

円光院

 円光院は、武田神社から程近い躑躅ケ崎の山麓にあり、信玄の正室三条夫人の菩提寺です。小高い丘の上の石段を上がった所にあり、大きな本堂が、三条夫人に対する信玄の思い入れを示すといいます。

 開山は東光寺から招かれた説三和尚で、信玄と三条夫人の息子・武田義信の幽死に立ち会ったことで深く帰依し、夫人は自らの菩提寺と定め甲府五山の一つに加えて保護しました。

 三条夫人が元亀元年(1570)に没したので、この寺に葬りました。円光院の名は、三条夫人の没後、その法号をとって称されるようになったものです。寺には信玄の寄進状や遺宝が残されている。

寺には信玄の寄進状や遺宝が残されています。

 

  • アクセス:甲府駅北口からバス8分・護国神社入口下車、徒歩12分
  • 所在地:甲府市岩窪町500-1
  • 電話:055-253-8144

法泉寺

法泉寺

 寺は、甲府市の西北緑ヶ丘運動公園の山麓にあり、元徳2年(1330年)武田信玄の9代先祖に当る信武が月舟禅師と協力し、夢窓国師を開山として建てた寺です。

 信玄の時代には快岳禅師を住持として妙心寺派に改め、息子・勝頼を中興開基にし、甲府五山の一つとするなど寺を厚く保護しました。

 信玄公の跡を継いだ勝頼は、天正10年(1852)3月11日、信長に追われ天目山を目指す途中の大和村田野で自刃し、首級は京にさらされました。勝頼の葬儀は京都の妙心寺で行われ、葬儀に参列した法泉寺の快岳宗悦和尚がその歯髪の一部をもらいうけ、法泉寺境内に埋葬したと伝えられています。

 その「歯髪塚」の目印に桜が植えられたといわれ、現在も勝頼の墓地には桜の木があります。

 鐘楼門左側にそびえる松の木は、夢窓国師の手植と伝えられています。

  • アクセス:甲府駅南口からバス10分・塩部下車、徒歩15分
  • 所在地:甲府市和田町2595
  • 電話:055-252-6128





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