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大人の甲府旅をご提案〜甲府通信は観光、歴史、グルメ、温泉と隠れた甲府の魅力を紹介します。

コンセプト買う!特産品 観光散策

 甲府は、武田信玄や太宰治の歴史がたどれる寺社などが多く、歴史ファンのみならず多くの人が訪れます。また美術館やランドマークなどもあり、見どころいっぱいの街です。
 そんな甲府を訪れる大人の旅のために、地元の者しか知らないちょっとだけ詳しい話を加えて、ご紹介します。
 それでは、足を踏み出してみましょうか。


観る!定番スポット(必ず訪れたいところ)
観る!穴場スポット(やっぱり外せないところ)
観る!博物館・美術館めぐり
買う!定番土産
買う!特産品

甲州印伝

 印伝は、鹿革をなめし、模様づけし漆加工したものです。

 その名称の由来は、その昔印度からその技法が伝来したところから「印伝」と言われ、古くから武士や町人に愛用されてきました。

 現在では、ハンドバック、財布、小物入れなど日常品に広く使われ、鹿革甲州印伝の持つ強さ手ざわりの柔らかさと、漆の華やかさなど、まさに手工芸品の味わいをみせています。

 山梨だけでしか生産していない印伝とは、鹿皮の装飾皮に漆を塗ったものです。江戸初期に印度から到来した革製品をその起源とし、江戸末期には、巾着、胴巻き、煙草入れなどの印伝製造が始まります。今日、ハンドバッグ、財布、名刺入れなどの現代品もその品種に加えられました。印伝の生産は、何百年の伝統を守ります。


宝飾

 国内はもとより国際的にも「宝石の街」として評価の高い甲府市。甲府市は世界屈指の研磨彫刻、装身具の産地です。研磨工業のはじまりは、1834年に御岳の神官が京都で水晶玉を造ることを教えられたことから始まりました。

 現在では水晶、メノウ、ヒスイ、オパール水晶などの研磨、宝石製品が広く海外にも輸出されています。甲府駅北口には、我が国唯一の「宝石博物館」があります。

 甲府市の中心部より北に10kmほど行った花崗岩帯に昇仙峡があります。
風化により花崗岩の固い部分だけが残った奇岩怪石の景勝地です。

 ここから荒川をさかのぼった金峰山一帯が、山梨県の宝石産業発祥のきっかけとなった水晶産出の地でした。その歴史は、今から130年ほど前、名勝御岳昇仙峡の最奥金峰山から産出された水晶を加工することから発展してきました。甲斐の国で採れた水晶は、室町時代にはすでに京都で玉や数珠に加工されていたと言われています。
 
 また天保時代には、その研磨加工技術と生産拠点が甲府に移り、明治時代に水晶の採掘が推奨されるようになると研磨加工職人が飛躍的に増え、甲府で加工された水晶製品は海外にも輸出されるようになりました。  

 以来、名工の美的感覚と秀れた技術から生れた装身具はもちろん、美術工芸品は幅広い展開をみ、甲府市の宝飾産業はドイツのオーベルシュタイン市を超え実質的には世界一の実績を保っています。

 そして戦後、国際貿易の発達と共に甲府は水晶のみならず様々な宝石を取引、加工する業者の集まる街となりました。現在でも国内の宝石品の3分の1は甲府で製造されています。たくさんの個性豊かな業者の方々と、彼らの扱うさまざまな宝石に甲府は溢れています。


ワイン

 日本で初めて国産ワインが醸造されたのが甲府だということをご存知ですか。
 殖産興業政策を打ち出した明治政府では、1873(明治6)年に大久保利通が内務省を設置し、政府主導のもと、補助金や貸付金による民間産業の育成が図られた。

 その一環として期待を集めたのが西洋農業の実践であり、その試みワインのひとつが、ワインづくりでした。山梨県令の藤村紫朗は日本有数のブドウの産地である山梨が、西洋の酒であるワイン醸造の主流となり得ると見越し、1877(明治10)年、県立葡萄酒醸造所を建設する。

 しかし実はこれをさかのぼること明治3〜4年ごろ、現在の武田3丁目辺りで、山田宥教(ひろのり)と詫間憲久(のりひさ)の2人が、全国で初めて甲州種や山葡萄でぶどう酒の醸造を行ったという記録が残っています。

 現在、甲州ワインは生産量・味とも国産ワインのトップクラス。世界で認められるワインを数多く醸造しています。

 甲府市内には現在4か所のワイナリーがあり見学や、ワインの製造過程の説明を受けたり、試飲を楽しむことができます。





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