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コンセプト甲斐善光寺を訪ねて

 日本の歴史を感じることが出来る甲斐善光寺は、美しい境内が魅力的です。
 建物以外、境内にも様々な見所が満載な神社であることから、甲府を訪れた方は、老若男女を問わず、一度は訪れてほしい場所です。
 もちろん、大人の旅すがらのあなた方にはぜひお寄りいただきたいと思います。
 なお、周辺には武田信玄を祀った武田神社や護国神社もあり酒折宮にも近いパワースポット、甲斐善光寺の見どころをご紹介します。


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甲斐善光寺の概要

 甲斐善光寺は山梨県甲府市善光寺にある浄土宗の寺院です。正式名称としては、定額山浄智院善光寺であり数々ある善光寺と区別をするために、甲斐善光寺という呼び名が広く使われています。

 甲斐の戦国大名武田信玄は1542年(天文十一年)以降信濃侵攻を本格化させ、長尾景虎(上杉謙信)との数度におよぶ川中島の戦いを経て1557年(弘治三年)に長野の善光寺北信地方の大分部勢力下に置いたのでした。
 しかしながら、戦乱により荒廃が進んだこともあり翌年山梨郡板垣郷に善光寺を丸ごと移転したのです。武田信玄は善光寺別当の栗田氏に命じて本尊や寺宝、栗田氏や僧侶も甲斐に移転させましたといいます。

 これが甲斐善光寺の始まりです。その後、天正10年(1582)に織田・徳川連合軍による武田征伐により武田勝頼が討ち取られ、武田氏は滅亡しました。
 これにより本尊の一光三尊阿弥陀如来像は、美濃国岐阜(現岐阜県岐阜市)次いで尾張国清州(現愛知県清須市)に移され、1597年(慶長二年)には豊臣秀吉によって京都の方広寺に安置されたのですが、翌年信濃の善光寺に戻されたのです。

 江戸時代には、甲斐善光寺は前立仏を御本尊と定め、浄土宗を信仰する徳川氏の庇護を受け、浄土宗甲州触頭として甲斐国内の浄土宗寺院を束ねる役割を持ちました。また、徳川家の位牌所として栄える大寺院となりました。


甲斐善光寺の見どころ

山門

 境内入口に建つ山門。
 甲斐善光寺は1754年(宝暦四年)に火災に遭っており、現存の建物は1766年(明和四年)の再建。
 柱で5つに仕切られ中央の3ヶ所が通行できる5間3戸という重層門です。両脇には仁王さまとも呼ばれる金剛力士像が安置されていますが、なぜか未完成です。
 駐車場から直接境内に入ってしまうと重要文化財に指定されている山門を見逃してしまうのでご注意ください。

銅鐘

 本堂横の鐘楼にかけられている鐘は1313年(正和二年)の鋳造であることが銘からわかります。

 信濃善光寺から移されたものとされますが、梵鐘は武田信玄が運搬する際にひきずったために傷がついており、引きずりの梵鐘といわれています。
 この梵鐘は県指定有形文化財です。



本堂(金堂)

 本堂は金堂とも称されているものです。永禄8年である1565年に完成したものの宝暦4年である1754年に焼失しました。今現在のものは4年後である寛政8年に再建されたもです。
 金堂は、前面に屋根が張り出した建築様式は善光寺建築に特有の撞木造(しゅもくづくり)とよばれる形式で、総高27メートル、総奥行49メートルという、日本有数の木造建築として有名で、重層建築の山門とともに重要文化財に指定されています。
 屋根には武田家の家紋である武田菱が掲げられ、欄間などに施された彫刻に江戸の職人の技が伺われます。また、賽銭箱には三つ葉葵の紋が浮き彫りにされているのは徳川家との関係が伺われます。

 堂内厨子には元々信濃善光寺の本尊の御前立像だった鎌倉時代の善光寺式阿弥陀三尊像(秘仏、重文)を納め、天井には「鳴き龍」として知られる巨大な龍の絵があります。

 また本堂地下では、「心」の字をかたどる、仏の胎内にみたてた空間を巡る戒壇廻りを体験することができ、真っ暗な中でご結縁の鍵に触れることで御本尊様と御縁を結ぶことができるといいます。

宝物館

 甲斐善光寺に伝わる文化財を収蔵、展示するための施設。昭和57年に完成し年中無休で営業をしている宝物館では、貴重な什宝の一部が随時展示品が替りながら公開されています。

 主な収蔵品には、宝物のほか、源実朝像・熊谷直実像・玄和居士像は、鎌倉期の肖像彫刻の秀作として知られております。また、徳川家光奉納の聖観音像・賽の河原地蔵尊・善光寺如来絵伝・木喰上人絶筆梵字阿弥陀如来像・武田信玄朱印状などを展示しています。

加藤光泰の墓

 加藤光泰は戦国時代、安土桃山時代に活躍した武将で、1590年(天正十八年)に徳川家康が関東に移った後、甲斐国24万石を与えられたが、豊臣秀吉の朝鮮出兵に参加して1593年(文禄二年)、西平浦(現韓国釜山)で病死。
 遺骸は甲斐国に送り届けられ当寺に葬られた。

灯籠仏

 「燈籠仏」は、像高一寸八分ほどの一光三尊阿弥陀如来像です。普段は燈籠に収められていて、秘仏として扱われているので目にすることはありませんが、ありがたみを感じるだけでもご利益があるでしょう。

日本一の鳴き龍

 金堂中陣天井に朱色と緑で描かれた2匹の龍は寛政に再建された際に江戸の絵師である希斎によって描かれました。希斎は神仙や仏教画を得意とし、熱田神宮などにも作品を残しています。

 この部分のみは、吊り天井となっており、手をたたくと多重反響現象による共鳴が起こり龍が泣いているように聞こえるというものです。

 これをいわゆる「鳴き龍」と呼びますが、甲斐善光寺の鳴き龍は日本一の規模を持ち、参拝者に親しまれているといいます。
 床に手を打つポイントが記されているので、そこで手を打ちながら鳴竜の声の違いを体験することができます。
 自分の頭の上から鳴き龍の声が聞こえるという不思議な体験ができます。



交通アクセス

最寄りのインター:(東京方面から)中央自動車道一宮御坂IC(長野方面から)中央自動車道甲府昭和IC
最寄駅     :(JR中央本線)酒折駅(JR身延線)善光寺駅
          酒折駅から徒歩15分
最寄バス停   :善光寺入口






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