高尾の豆知識 


  

4-19.陵と墓


 高尾山には、皇室墓地である武蔵陵墓地(むさしりょう ぼち)があり、大正天皇陵・昭和天皇陵はじめ4陵が存在する。昭和天皇陵が造営される以前は多摩御陵(たま ごりょう)と称していたが、現在でも通称として使われている。

 「御陵」は、歴代天皇陛下のお墓のことです。一般的には「天皇陵」という言葉が使われることが多いようです。「陵」とは「みささぎ」と訓読みします。皇室典範第27条では「天皇、皇后、太皇太后及び皇太后を葬る所を「陵」、その他の皇族を葬る所を「墓」」とするとの規定があります。

 陵墓全体では、いわゆる「参考地」を含め、全国で約900ヵ所が存在します。そのうち240基が所謂「古墳」(こふん)に該当します。参考地とは、髪・歯・爪などを納めた髪歯爪塔などの一種の供養塔、被葬者を確定できないものの皇族の墓所の可能性が考えられるものをいい、一般にはこれらを総称して陵墓(りょうぼ)という表現が使われている。

 江戸時代には、古墳は手入れされることな忘れ去られて荒れ果てていたものも多かったが、江戸幕府により何度か山陵探索が実施され、元禄12年(1699年)には『歴代廟陵考』にまとめられている。

 その後も明治政府に至るまで何度もこの種の調査(治定)は、行われているが、考古学的な発掘等から明らかに異議のある陵墓も相当数あるようである。これら陵墓は現在も皇室による祭祀が行われており、研究者などが自由に立ち入って調査することができないためこれまで考古学的な見地からの調査が十分に行えなかったことに多く起因する。

 宮内庁は「例え誤って指定されたとしても、祭祀を行っている場所が天皇陵である」という理由で考古学的調査の許可を拒み続けているようである。
 例えば、最大の古墳は、従来より「仁徳天皇陵」と相場が決まっていたものだったが、最近は、これが確かに仁徳天皇の陵か考古学的に証明できないということになり、括弧付きの「仁徳天皇陵」とか地名を用いた「大山古墳」という呼び名の方が主流となってきているようである。このように宮内庁に「治定替え」を求める声も考古学者からは挙がっている状況である。




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