裏高尾から甲州街道を歩く高尾通信

高尾山の登山コース

甲州街道から裏高尾

 甲州街道と呼ぶのは通称です。
甲州街道 徳川家康が江戸幕府を開き、甲州支配のために道を整備した当時は、甲州海道と称したようです。後に海を通らないのに「海道」はおかしかろうと改めた名が「甲州道中」ですが、一般には「甲州街道」と呼ばれたのが今に至っています。

 さて、この甲州街道(正確には旧甲州街道)にそって高尾の山すそを歩いてみませ んか。

 JR高尾駅北口の坂を下るとそこは甲州街道です。ここを西(左:相模湖方 面)に歩き、中央線のガードをくぐると左手に「花屋旅館」が見えてきます。中里介山の歴史小説「大菩薩峠」に出てくる由緒ある旅館です。
 旅館の裏手は浅川です がちょっとした渓谷となっており自然の美しさを垣間見ることができます。   

 旅館を少し先を行くと小名路の三叉路にでます。右手が旧甲州街道です。
 小仏の関所あったのはこの三叉路から1キロほど歩いた右手で竹囲いの中に小仏関所跡の石碑がたっています。
 この地は本来駒木野という名がついているのですが、当初関所が小仏峠にあったということで小仏関の名が使われています。近所には処刑場もあったとか。  

 しばらく歩くと蛇滝口のバス停があり、近くに湧き水があります。ハイカー達もここで喉を潤すのか、いくつかコップがおいてあったりしてその配慮がうかがえます。
 人工の水になれてしまった私たちに水のおいしさ、ありがたさを教えてくれている ようです。
 このあたりにくると「圏央道反対」の看板が目立ってきます。この梅林の美しい場所に首都圏中央連絡道路、通称「圏央道」を支える50メートルの高さの橋脚と高尾山の腹に穴を開けるトンネルが計画されといるということで地元の住民や自然を 愛する人達から反対の声があがったのはもうずいぶん前のことです。 
 道はまた中央線に近づき、摺指(すりさし)に入ります。
 小下沢橋を渡るとやがて 小仏です。
 バスの終点小仏バス停は集落を出たところにあります。少し先には断食道場として知られる宝珠寺があります。

 この寺には都の天然記念物「カゴノキ」が あります。
 8月~9月に黄緑色の花を散房状に咲かせ、約1年をかけて翌年の7月 ~8月に紅熟した液果を結びます。鼓の胴はこの木で作るそうです。この寺のカゴノキは枯れた主幹を囲んで支幹が伸びており、珍しい大木となっています。

 路はやがて蛇行しながら上り小仏峠へたどり着きます。武蔵の国と相模の国の境の 小仏峠。高尾,陣場の縦走路にのれんを出した峠の茶店が出迎えてくれます。
 茶店の南に大日堂があります。神仏習合の結果、大日如来は富士浅間明神の本地仏とされたようです。
 高尾山から下ったきた富士講中の人たちは、峠の大日堂を拝して西 へ下りましたがこの小道が旧甲州街道です。 
  
 峠から、旧甲州街道は相模湖方面へと下っていきます。舗装道路へ出て中央自動車 道の下をくぐると美女谷鉱泉に近い美女谷橋のたもとにでます。
 そこから中央線に 沿う道を行くと底沢橋で甲州街道に合流します。右(西)へ歩き、途中、小原宿の 旧本陣の前を通ります。
 ここは入母屋造りの大きな旧家で甲州街道に残る唯一の本 陣遺構です。平屋に見えますが内部が4層になっていて養蚕や機織りをしていたよ うです。普通のいわゆる本陣造りではなく山村の豪家の造りといえます。    
やがてJR相模湖駅です。                         

高尾駅~小名路~小仏関跡~蛇滝口バス停~小仏~景信山登山口~小仏峠~美女谷 橋~底沢橋~小原旧本陣~相模湖駅   約12キロ  5時間30分

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