高尾にまつわる文学


  

 高尾山山上の浄心門をくぐり、108段の階段を上ってきた参拝者達は、その参道の両側に続く文学碑にはたと足を止め、しばし見入る。     

 これらの碑に刻まれたひとつひとつの句や言葉を落ち着いた気持ちで読んでみるとまた高尾の違った魅力に気がつくことでしょう。

 高尾山は、昔から多くの歌人や俳人が訪れてはその自然の美しさに心を打たれ数多くの作品を残している。      
 これらの石碑は、薬王院にゆかりの者や、戦争での思いで、母や父を偲び詠ったものと様々だが、いずれも心に訴えかけてくるものがある。戦前より近年作られた比較的新しいものまで様々ですが、数も増えてきているようです。




いろはの森の歌


いろはの森の歌


 いろはの森コースは、日影沢の日影沢園地の前から高尾山山頂近くまでのぼる、やや厳しい50分程度の上りコースです。このコースの最大の楽しみは、所々に立ててある「いろは」48文字をそれぞれ頭文字とする森林を選んで樹木の名を読み込んだ歌碑を探して読みながら登ることです。選んだ樹木の大部分は高尾山に自生しているものです。

<いろはもみじ>
    君が行日長くなりぬ山たずの              
        迎えを行かむ待つには待たじ    
               磐姫皇后   巻2~90

<ほおのき>          
    吾が兄子が捧げて持たる厚朴              
        あたかも似るか青き蓋       
               僧恵行  巻19~4224    

<ぬるで>          
    足柄の吾を可鶏山の穀の木の              
        我をかづさねもかづさかずとも        
                    巻14~3432    

<わせび(あせび)>          
    吾背子に吾が恋ふらくは奥山の              
        馬酔木の花の今盛りなり           
                    巻10~1903

<たまあじさい>          
    言問はぬ木すら紫陽花諸弟等が              
        練の村戸に詐かえりけり      
               大伴家持 巻4~773    

<ねむのき>          
    吾が咲き夜は恋ひ宿る合歓木の花              
        君のみ見めや戯奴さへに見よ    
               紀郎女    巻8~1461  

<くり>          
    三栗の那珂に向える曝井の              
        絶えず通はむ彼所にも妻もが           
                      巻9~1745  

<けやき>          
    池の辺の小槻が下の細竹な刈りそね              
        それをだに君が形見に見つつ偲ばむ        
                      巻7~1276

<こなら>          
    下毛野みかもの山の小楢如す              
        目細し児ろは誰が筍か持たむ           
                      巻14~3424

<えのき>          
    吾が門の榎の実もり喫む百千鳥              
        千鳥は来れど君ぞ来まさぬ            
                      巻16~3872

<ていかづら>          
    つぬさはふ石村の山に白妙に              
        懸かれる雲は吾王かも              
                      巻13~3325

<ゆずりは>          
    古に恋ふる鳥かも弓絃葉の              
        御井の上より鳴きわたり行く      
                 弓削皇子 巻13~3325

<ひのき>          
    真木柱太き心は有りしかど              
        この吾が心しずめかねつも            
                      巻2~190

<すぎ>          
    古の人の植えけむ杉が枝に              
        霞棚引く春は来ぬらし        
                 柿本人麻呂  巻10~1814

 





万葉集とは


 万葉集(萬葉集)は、現存する最古の和歌集で日本の文化、文学の原点ともいうべき書物です。。760年前後に編集されたといわれています。全20巻、約4500首、天皇・皇后から庶民まで、また仁徳天皇の代(4世紀)から奈良時代まで、あらゆる身分の人の、あらゆる時代の歌が収録されています。
 誰の手によって成立したのかは不明ですが、大伴家持(717?-785)が最終的な編集に大きな役割を果たしたと考えられています。

 『万葉集』の名前の意味については、幾つかの説が提唱されています。ひとつは「万の言の葉」を集めたとする説で、「多くの言の葉=歌を集めたもの」と解するものです。日本の文化、文学の原点ともいうべき書物です。その他にも、「末永く伝えられるべき歌集」とする説、葉をそのまま木の葉と解して「木の葉をもって歌にたとえた」とする説などがあります。

 天皇から農民にいたるまで、幅広い層の歌が収められ、格調高いものから、生活感あふれるもの、感情や自然の雄大さを素朴に表現したもの、庶民のこころを描いたもの、関東・東北地方を舞台にして詠まれた「東歌」や、筑紫・九州北岸地方での軍備・警護のために連れてこられた人々の哀しい「防人歌」など、読むほどに味わいのあるものです。


 また万葉集の約4500首の歌の約3分の1が何らかの植物を詠んでいるといわれます。150種類をこえる植物が登場しますが、最高歌数を誇る花は萩の141首、次いで梅119首、桜は意外に少なく42首とされています。ここに登場する植物は食用、薬用、衣料、染料、建築材料の花木が大半を占めています。花の特性が実にみごとにとらえられ、人々の心の姿や動きが歌われていています。




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